風俗画報・山下重民文集 山下重一 & 明治東京名所図会 山本松谷 画 山本駿次朗 解説

この本を読む前に100年前の東京<2>東京繁昌記 明治後期編(100年前シリーズ)という本を読み、とても面白かったのですが、その中に出てくる挿絵で風俗画報という雑誌から抜粋したものが、風景は細密、人物は表情が生き生きしていて、こういう人いるいる!という感じで、すごい臨場感があったので、気になって読んでみました。

 

山下重民さんという方は、明治20年代から大正初期にかけて二十年間風俗画報を主宰された方で(編集長ということかな?)、この本の著者の重一さんはこの重民さんのお孫さんとのこと。すでに故人ですが、國學院大學の名誉教授をされていたようで、國學院高校卒の私としては、とても親近感を感じました。この、山下重民さんと、土佐の画家である山本松谷さんとの出会いによって、風俗画報という雑誌が花ひらいたといえるのかなと感じました。重民さんは大蔵省で働きながらこの雑誌を作っていたようで、すごい大変なお仕事だなと、情熱を感じました。

私がこの本で特に面白かったのは、いろいろな職業が絵になっているところで、お酒にまくコモに描く絵をデザインするとか、金箔をつくる、渋を塗る、など、すごい細かい仕事が専門職になっていて、それぞれ独自の技術が必要というのが面白かったです。たぬきの革を金箔たたきに使っているから、タヌキの金丸八畳敷、なんて言葉ができたっていうのは知らなかったなぁ~。

 

明治東京名所図会は、この山本松谷さんの画集で、当時の東京の名所が生き生きと描かれていて、山下重一さんがこの中に書かれているように、単なる絵葉書的な名勝紹介ではなく、当時の風俗や、市井の人々の姿がいきいきと映し出されています。お寺や神社などは今日にも面影が残っているようにも思われ、逆に失われてしまった高層建築や、今日ではこんな地形だったと思いもよらないような御茶ノ水の渓谷など、過去の世界に思いをはせる縁になるような場景も。個人的には、「向島堤上の観桜」で皆がコスプレしてお花見をしているのが面白くて、コスプレの歴史は結構古いんだなと(これについては100年前の東京、にも記述があったと思います)東京の地図、山本松谷の生涯の解説などがついているのも親切設計だなと思いました。山下松谷さんは他にもいろいろ号があるようで、山本昇雲名義で絵画作品なども残されているようです。

 

最後に、重民さんの生まれた千駄ヶ谷について回顧した文章がとても素敵だったので、抜粋します。

「わが家は門を入りて左に二囲ほどなる梅の大樹ありしが、春は花の咲き乱れて、その香室に満ち実も亦多く結びき。家の西は苦竹(まだけ)の林にて、筍孫(たかんな)年毎に余りあり。その傍に一条の径を通し、五十歩ばかりにて千駄ヶ谷川に枕(のぞ)めり。ここに物洗ふ場所を設けあり。枸杞の枝参差(しんし:高さ、長さなどが入り混じり、不揃いなさま)として水に垂れ、小魚の常にその陰に湊(つど)ひ遊べるをもて、手習ふ暇には好みて釣竿を横(よこた)へたりし。竹林の入口には大きやかなる栗樹ありて、秋風の吹きすさむ朝には、早く起き出でて落栗なむ拾ふをば楽しみとしける。」

この一文を読んだだけでも、漢文の素養もある重民さんの文才というのが感じられるなぁと思いました。