香三才 香と日本人のものがたり 畑正高

お香の老舗、松栄堂の社長さんである畑さんの著作。以前お茶の会で講演をしてくださったのですが、その会に所属しているお友達が本が好きというサイトにこの本のレビューを書かれていて興味を持ちました。

 

冒頭の写真にある雅やかな香道具の意匠や、お香を楽しむ人々が描かれた日本画の美しさに目を奪われ、お香のことが主に書かれているんだろうなと読み始めたのですが、お香を軸に日本文化の変遷をわかりやすく解説されている内容で、とても勉強になりました。日本文化、と一括りにしてしまいますが、隋や唐の都に憧れた飛鳥・奈良時代から、貴族たちの間に日本独自の文化が花開いた平安時代、武士が台頭し都から地方へ文化が伝播した鎌倉時代、室町に幕府が出来、多種多様な価値観の人が都に集まってきた混沌の時代、そしてその沼から結晶化された美しい蓮の花のような東山文化、戦国武将たちや町人勢力が台頭し、再び外に開かれた戦国の時代、そして、鎖国の中でまた日本独自の文化が庶民の世界にも育まれた江戸時代、明治の文明開化、と海外へ向かって開かれたり、閉じたり、また、都が中心になったり、関東が中心になったり、と寄せては返す波の様に、揺れ動く社会情勢の中で文化が揺さぶられて次第に成熟していく様が美しい文章、興味深いエピソードを交えて語られていて、著者の教養レベルにひれ伏すばかりです…。特に、すごいな、と思ったのはその謙虚な学びの姿勢で、自分のデーターベース構築や視聴覚革命の話など、伝統を歴史を学ぶだけでなく現代の技術や社会的な問題などにもアンテナを張っておられるんだなぁと思う部分が多くて、ひたすら感服しました。

 

もちろん、お香道の組香などにも詳しく触れられていて、有名な源氏香だけでなく、いろいろな楽しみ方があるんだなぁと思いました。ただ、香木が日本で産出しないものであるため、現代でもなお高価で、なおかつ道具も細かくてたくさんあり、入手するのも扱いを覚えるのも大変そうだし、身に着けるべき知識もはんぱじゃないということで、茶道などよりさらにハードルが高いような気がしてしまいました…。とはいえ、お線香などは現代でも身近なお香だし、著者の、香りというのは仏教の慈悲と同じように、あまねく存在していながら、受け取る感性のない人には届かない、という言葉を聞いただけでも、日常に出会う様々な香り(お香などの意図的に焚かれたものだけでなく、自然に漂っているものでも)に対して特別な感慨を持てるような気がします。

 

折に触れて読み返したい書籍でした。